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エコニュースVol.206

2010年08月01日

<漁業シリーズ Part4>

栽培漁業の恩恵と問題

株式会社エコニクス
環境事業部 水域環境チーム 柴宮 孝明

 突然ですが、『栽培漁業』ってご存知でしょうか?
 「養殖とはちがうの?」と多くの方が考えるかと思います。しかし、養殖漁業と栽培漁業は実はまったく別物なのです。
 養殖漁業とは、牛や豚などの畜産と同じで、魚や貝などを商品価値の高い大きさまで生簀や水槽で育て、商品として販売することが目的で行われます。スーパーの鮮魚コーナーでよく目にする『養殖物』と書かれたお魚はすべてこちらになります。
 一方、栽培漁業は生物を人工孵化させ、減耗の激しい幼稚仔の時期を管理・育成して種苗を生産し、天然の水域に放流することで水産資源の増大、永続的な利用を図ることが目的となります。また、育てて利用することが目的の養殖漁業と異なり、天然の漁業資源を増やすことが目的のため、『作り育てる漁業』とも言われています。
 日本における栽培漁業は1963年に瀬戸内海で海産魚を対象として始まり、その後急速に発展して、2003年には海産魚類で38種、甲殻類で11種、貝類で24種にのぼり、現在でも多くの種で種苗の生産、放流が行われています。
 中華料理の高級食材として知られるエゾアワビ(Haliotis discus hannai)においても、生息環境の悪化や天然資源の漁獲過多、慢性的な親貝量の不足などにより1980年代以降漁獲量が減少を続けており、天然資源の回復を目的に北日本の各地で毎年多くの稚貝が生産、そして放流されています。

         
 写真(左)人工生産されたアワビの子供(ベリジャー幼生)       写真(右)放流前のアワビ稚貝       


天然海域で漁獲されたエゾアワビ(左:天然個体)(右:成長した放流個体)
放流個体は水槽飼育時の餌の安定から、放流以前に成長した殻の部分が鮮やかな緑色になる

 しかし、栽培漁業における種苗の放流が資源の維持に効果を上げる一方で、問題点も指摘されています。 
 一般的な種苗生産の多くが、数匹~数十匹の親から数十万~数百万の種苗を生産し、且つ生産を安定させるため継代飼育されている親を用いています。成長の遅いエゾアワビにおいても継代飼育により作出されたトビ群と呼ばれる、成長に優れた個体や産卵数の多い個体を選抜して親貝にすることが多く、生産された種苗の遺伝的多様性の低下や多様性の低い種苗を大量に放流することによる天然遺伝資源への影響が懸念されています。

 近年、遺伝子解析技術の進歩により、ミトコンドリアDNAやマイクロサテライトDNAの解析によって、これらの懸念が実証されつつあり、遺伝的多様性を考慮した栽培漁業の検討が課題となっています。
 生物の保険機構である遺伝子レベルの多様性や地域間での遺伝的特性を失うことはどういった影響をもたらすのか。明確なことは明らかにされていません。
 しかし、一度失った多様性は二度と元には戻らないのは間違いありません。
 資源を管理するために必要不可欠な栽培漁業ですが、人が手を加えるゆえに起こる『遺伝子多様性の低下」といった矛盾。
 今を生きる我々大人達が真剣に考えていかなければなりませんね。
 漁業大国である日本の豊かな水産資源を未来の子供たちへ...

■参考資料
木島明博.1994.水産育種の課題.動物遺伝研究会誌,22(2):55-64.
大場俊夫.2000.あわび文化と日本人.成山堂書店,東京.176 pp.
水産庁他,入手・放流実績,2005.
谷口順彦.1994.魚類の人工種苗放流と野生集団の遺伝的保全.月間海洋,26(8):501-504.

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