エコニュース

  • エコニュース
  • 藻場通信
  • エコ森林通信
  • 洋上風力通信

エコニュースVol.351

2022年09月01日

北海道でブルーカーボンによるカーボンクレジットに取り組むには

株式会社エコニクス 自然環境部
海域担当チーム 技術顧問 松永 靖

 

 2050年のカーボンニュートラル(温室効果ガスの排出を全体としてゼロにする)※1を目指す推進計画※2において、「ブルーカーボンによる温室効果ガスの吸収・固定量の算定方法は、一部を除き確定していないことから、これらの算定方法を確立し、温室効果ガス排出・吸収目録(インベントリ)のためのIPCCガイドラインに追記できるよう研究を進めるとともに、効果的な藻場・干潟の保全・創造対策、回復等を推進する」としています。

 現在、日本でのインベントリ記載の取り組みは、経済産業省・環境省・農林水産省が制度管理者となっているJ-クレジット※3が、2013年から省エネ・再エネ・森林等の61の方法論を対象にカーボンクレジットを認証しています※4。インベントリに基づかないブルーカーボンによるカーボンクレジットは、2020年からジャパンブルーエコノミー技術研究組合(JBE)※5が制度管理者になり、民間セクターが運営するボランタリークレジットとしてカーボンクレジットを認証しています。

 カーボンクレジットの温室効果ガス排出量の算定・報告のルール、カーボンニュートラルの国際基準、カーボンクレジットの品質や活用時の訴求方法等については、世界的に何種類もあり、統一されたものはありませんが、現在、J-クレジットとJBEによる日本のカーボンクレジットの認証は、ICROA(International Carbon Reduction & offset Alliance)が定める「ICROA CODE OF BEST PRACTICE」の要件に準拠して認証を行っています。認証はISO(国際標準化機構)のISO 14064-1~14064-3などに基づき行われています。この中で、特に問題になるのが、ISO 14064-2による追加性(Additional)の証明です。① プロジェクトベースの排出削減・炭素吸収・炭素除去は、そのプロジェクトが実施されなかった場合に発生したであろう排出削減・炭素吸収・炭素除去から追加的なものでなければならない、② カーボンファイナンスが利用できなければプロジェクトは行われなかったことを実証しなければならない、となっています※6

 J-クレジットにあるグリーンカーボンである植林活動を例に説明すると、CO2 吸収量が小さい又は無いとみなせる森林の定義を満たしていない草地、農地、荒廃地への植林プロジェクトのみがカーボンクレジットの対象となっています。これは、環境価値の二重計上防止のための措置です。しかもカーボンクレジットがなければそのような荒廃地への植林プロジェクトが行われないことが条件になっています。日本では、現在、市町村の間伐等の森林経営活動に対してのカーボンクレジット認証はありますが、植林活動によるカーボンクレジット認証はありません。

 海藻によるブルーカーボンも、グリーンカーボンである陸上の森林のように空気中のCO2 吸収源にはなりますが、ブルーカーボンによるカーボンクレジットを考える場合は、海中に百年単位でCO2を固定させるため海藻を空気中に取り上げる(漁獲された)ものは対象になりません。また、追加性の基準から、砂浜地、大水深の沖合など、もともと海藻が全くない区域での藻場造成(当然、漁獲はしない)はカーボンクレジットの対象になると考えられますが、岩礁域など通常、漁場として利用されている場所の藻場造成の場合は、追加性の証明を求められるので工夫が必要となります。

 区画漁業権、共同漁業権など面積が明確にわかる一定の範囲の中で、プロジェクト実施前の海藻の状況に基づく海中へのCO2固定量(A)と、追加的に何らかの取り組みを行ったプロジェクト実施後の海藻の状況から算定する海中へのCO2 固定量(B)が増える(B-A>0)のであれば、その増えた分がカーボンクレジットの対象になります。

 前述のとおりカーボンクレジット認証はISOの基準で行われ、現在のJ-クレジットでは、プロジェクト登録からモニタリング、認証、そしてクレジット売買まで平均約4年かかっています※7。また、ISOの規格から一定期間ごとに適正かどうかの審査が必要になります。ブルーカーボンでも事前調査や実施後のモニタリングなど時間をかけて、自発的に長期間科学的根拠を蓄積する覚悟が必要です。

   JBE Jブルークレジット®(試行)認証申請の手引き から 「対象プロジェクトのイメージ」

 

 他県と異なり、北海道は、ほとんどがコンブ場であり、しかもそのコンブが漁獲対象(空気中に取り上げる)となっていることから、北海道でブルーカーボンによるカーボンクレジットを実施するには、他県と異なる発想が必要であり、例えば次のようなことが考えられます。

 

 (1) 海中へのCO2吸収量の増大を主目的に、砂浜地など海藻が繁茂しない場所でホッカイシマエビなどの育成場にもなる漁獲対象ではないアマモや、ニシンの産卵場所にもなるモク類を拡大、毎年、播種などの維持管理を自発的に実施

 (2) 海中へのCO2吸収量の増大を主目的に、沿岸域の漁業権放棄されている堤防、護岸、島防波堤、消波堤など既存施設又はその背後地において、既存施設を改良又は新規付帯施設を追加し、播種などにより海藻がない部分に新たにコンブ又はホンダワラなどの藻場を創設。毎年、播種などの維持管理を自発的に実施。沿岸域への遊走子供給場所としても活用

 (3) 海中へのCO2吸収量の増大を主目的に、沖合域に大規模なコンブ養殖場を造成。毎年、種苗糸付けなどの維持管理を自発的に実施。沿岸への遊走子供給場、稚魚の育成場としても活用

 (4)既存のコンブ養殖施設に隣接又は、養殖施設の海底に、海中へのCO2吸収量の増大を主目的とした付帯的なコンブ養成場を造成。毎年、種苗糸付けなどの維持管理を自発的に実施。沿岸への遊走子供給場としても活用

 

 どんな方法でもプロジェクトにより新たに追加された構造物からの漁獲は見込めないことから漁業協同組合や漁業者だけでは実施は困難です。市町村や地域の民間企業、教育機関などを入れて、プロジェクト方式で長い時間かけて取り組むしかありません。

 

 カーボンクレジットにはいろいろ課題があります。一つ目は、前段に書いた認証の遅さや追加性の証明など科学的根拠の蓄積。二つ目は、カーボンクレジットの購入者が現状では少ないこと。三つ目はブルーカーボンのように陸上の取組みコストと比べ割高なものに対して売買するCO2の値段が妥当なのかという問題などがあります。

 

 しかし、カーボンニュートラルは避けては通れません。世界的に取り組まなければならないことであり、CO2排出抑制ができない企業等は、カーボンオフセット(埋め合わせ)として抑制できない分のCO2を取引可能なカーボンクレジットとして買うしかないので、2050年までにカーボン関連市場は急拡大すると予想されています。このため、様々な制度的課題は短期間で解決されていくと考えられます。ブルーカーボンによるカーボンオフセットの取組みも、始まったばかりであり、今後、追加性の証明などの制度内容も、現状に合わせ少しずつ変化していくと考えられます※8。道庁でもブルーカーボンの取り組みつについて検討が始まっています。

 

 エコニクスは道内各地の藻場造成などに協力し、海藻繁茂の維持管理などの実践、技術的蓄積、そして生物、化学的な海洋調査の長い実績があります。藻場造成に興味がある方はお気軽に相談ください。

 

参考資料

※1; 環境省 2021年3月2日 地球温暖化対策の推進に関する法律の一部を改正する法律案の閣議決定について
https://www.env.go.jp/earth/ondanka/domestic.html

※2;環境省2021年10月22日 地球温暖化対策計画 P68
https://www.kantei.go.jp/jp/singi/ondanka/kaisai/dai48/pdf/keikaku_honbun.pdf

※3;J-クレジット HP  https://japancredit.go.jp/ 

※4;経済産業省 2022年3月 J-クレジット制度の概要と最新動向 P33
https://www.kyushu.meti.go.jp/seisaku/recycle/oshirase/220304_1_3.pdf

※5; ジャパンブルーエコノミー技術研究組合(JBE) HP
https://www.blueeconomy.jp/

※6;経済産業省 2022年6月 カーボンニュートラルの実現に向けたカーボン・クレジットの適切な活用のための環境整備に関する検討会報告書 P6
https://www.meti.go.jp/shingikai/energy_environment/carbon_credit/pdf/20220627_1.pdf

※7;経済産業省 J-クレジット制度の現状について P8
https://japancredit.go.jp/steering_committee/data/haihu_160113/japancredit_genjo.pdf

※8; ジャパンブルーエコノミー技術研究組合(JBE)  Jブルークレジット(試行)認証申請の手引き Ver.2.0.1 2022年8月  P16
https://www.blueeconomy.jp/files/jbc2022/20220807_J-BlueCredit_Guideline_v2.0.1.pdf

もどる