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エコニュースVol.333

2021年03月01日

炭素吸収源としての泥炭地湿原と最新の調査技術

株式会社エコニクス 環境事業部
陸域環境チーム 見原 悠美
 
 北海道の代表的な自然環境の一つに、湿原があります。
湿原は、エコニュースVol. 329「ブルーカーボンによる地球温暖化防止対策」で紹介したブルーカーボンと並んで、その高い気候調整機能が注目されている生態系です(1)。湿原は過湿で嫌気的な状態が持続する環境であり、微生物による有機物の分解速度が低下しているため、枯死した湿原植物は未分解のまま堆積します。植物由来の有機物を含んだ土壌=泥炭が堆積し泥炭地が形成され、その上に草原性の植生が成立して湿原となります。この形成過程により、泥炭地(湿原を含む)は地球の地表面の占有率がわずか3%にもかかわらず、地球の土壌炭素の約42%を保持していると推定されます(2)
 
多くの低地湿原が周囲を畑地や道路に囲まれています(歌才湿原、黒松内町)。
湿原と言うと人里離れた印象かもしれませんが、
実は私たちの生活圏と重なって残存している環境です。
 
 
道路で分断された湿原の断面(Connemara National Park, Ireland)
黒く見えている層が「泥炭」で、その上に湿原植生が成立しています。
炭素吸収・固定には、この「泥炭」が重要な役割を果たしています。
 
 しかし、これらの泥炭地(湿原を含む)は、これまでの人間活動により劣化していると言われています(3)。そして、この人為的な劣化により、数千年、数万年かけて有機物として固定されていた炭素が、二酸化炭素として大気に放出されることが危惧されています。
 このように炭素の吸収源にも放出源にも成り得る湿原、その保全の重要性が地球温暖化の観点から注目されてきています。
 
 湿原の保全・管理のためには、湿原の現状を把握し記録することが先決です。そこで、従来の野外踏査、実地測量に加えて、近年はリモートセンシング※1による湿原調査の技術が開発・検証されています。これにより、複合的な条件で成り立つ湿原の網羅的な調査、脆弱な泥炭地への踏圧・観測機器の設置等の調査圧の低減、到達困難な場所の調査等が可能になっていくことが期待されています。
 以下に、既に実践されている調査事例を2つほどご紹介したいと思います。
泥炭厚
 泥炭層の厚さや堆積は、その湿原に固定されている炭素量を推定するために重要な項目です。ドイツ北西部の高層湿原では、ヘリコプターに搭載された空中電磁探査(HEM)とマイクロ放射計(HRD)によって地中の泥炭物質を検出し、総面積39kmの湿原の泥炭の厚さの推定・マッピングを行う調査が実施されました(図 1)(4)
 
図 1 HEMとHRDから得られたデータを基に作成された泥炭厚のマップ(Siemon et al., 2020より)

 d[m]:HEMとHRDから推定された泥炭厚
 地図内の泥炭地に引かれている横線:調査ヘリコプターの飛行ルート(2007年に飛行)
 〇:現地で地質調査を行った地点(ボーリング地点)
 
 泥炭の厚さの推定値の精度を、過年度(2004年)の実測値(ボーリング地点100地点分)との比較によって検証しています。結果としては、全ボーリング地点の5%で実測値と推定値に±2m以上の差があったものの、両者の差の平均値は0m(標準偏差:1.1m)で、今後各地の湿原で検証していけば、地上測定をせずに泥炭厚を速成的に測定できるようになる可能性が示唆されました。
 
植物群落
 湿原の植物群落を把握することは、その湿原の炭素固定機能や劣化状況を知る手がかりとなります。近年は、ドローンや光学衛星による高分解能の画像取得、AI学習技術が発達し、世界各地の湿原でリモートセンシングによる群落分類の研究が始まっています。
 アイルランド中央部の高層湿原では、ドローン画像から機械学習(以下ML)と畳み込みニューラルネットワーク※2によるディープラーニング(以下DL)を用いてそれぞれ植物群落タイプを区分し、両者の比較を行う研究が実施されました(5)
 
 

図 2 ドローン画像から作成された植物群落分類図(Bhatnagar et al., 2020より)
 MARINAL-SUBMARGINAL+SUBCENTRAL-CENTRAL-FLUSH:高層湿原内の各植物群落タイプ(エコトープ)
 (a)ドローンによる空中写真、(b)現地調査により区分された植物群落(Ground Truth)
 (c)・(d)機械学習(ML)と各画像分割モデル、(f)~(j)ディープラーニング(DL)と各画像分割モデル
 
 結果としては、現地調査結果との一致率が、MLで最大85%、DLで最大91%と、いずれの学習方法においても、複雑な高層湿原内のタイプを区分出来る可能性が示されました。ただし、MLに比べてDLは大量の訓練データが必要なため、湿原のように地点ごとに様相や条件が多様化している環境ではMLを使用した方が現実的である、と結論づけています。
 
 ただし、これらの研究には、機材が高コスト、解析手法の複雑化、解析手法による推定値の変化、空中からは探査出来ないパラメータ、推定値の実証やAI学習に使う現地調査データの不足、等の様々な課題が残っています。
今後は、リモートセンシング技術の進歩により現地調査が全く必要なくなる…ということではなく、互いの手法を適所で実施してデータを組み合わせることで、湿原生態系の現状をより正確に評価できるようになっていくことが期待されます。
 
 弊社においても、北海道を中心とした地域の自然環境の把握、評価に努め、環境対策の一助を担えるよう努めてまいります。

 
※1リモートセンシング:「物を触らずに調べる」技術のこと。観測機器(センサ)を人工衛星などに搭載し、宇宙から地球全体を見つめることが可能です。(6)
※2畳み込みニューラルネットワーク:人間の視覚認識を担う2つのニューロン「単純型細胞(特定の形状を認識する)」と「複雑型細胞(空間的なゆがみ・ずれを補正する)」をモデルに考案されたディープラーニングの手法の1つで、主にAIによる画像認識で用いられる。使用例として、自動運転、ネットの商品検索、アルファ碁の局面認識などがあります(7)
 
引用文献
(1) Ramsar Convention on Wetlands. (2018). Global Wetland Outlook: State of the World’s Wetlands and their Services to People. Gland, Switzerland: Ramsar Convention Secretariat.
(2) “IUCN”HP, Peatlands and climate change 【https://www.iucn.org/resources/issues-briefs/peatlands-and-climate-change】
(3) “International Peatland Society”HP, What are peatlands? 
【https://peatlands.org/peatlands/what-are-peatlands/】
(4) Bernhard Siemon, Malte Ibs-von Seht and Stefan Frank, (2020) Airborne Electromagnetic and Radiometric Peat Thickness Mapping of a Bog in Northwest Germany (Ahlen-Falkenberger Moor). Remote Sens. 2020, 12(2), 203; 【https://doi.org/10.3390/rs12020203】
(5) Saheba Bhatnagar , Laurence Gill and Bidisha Ghosh (2020) Drone Image Segmentation Using Machine and Deep Learning for Mapping Raised Bog Vegetation Communities. Remote Sens. 2020, 2602; 【https://doi.org/10.3390/rs12162602】
(6) “一般財団法人リモート・センシング技術センター”HP, リモートセンシングとは? 【https://www.restec.or.jp/knowledge/sensing/sensing-1.html】
(7) “iMagazine, IS magazine”HP, 畳み込みネットワークの「基礎の基礎」を理解する~ディープラーニング入門|第2回, 【https://www.imagazine.co.jp/畳み込みネットワークの「基礎の基礎」を理解す/】
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