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エコニュースVol.322

2020年04月01日

海を漂うミジンコ類のお話

株式会社エコニクス 電力事業部
技術向上担当 武田 康孝

 

 皆さんがプランクトン(水中を浮遊している生物)といって思い出す生きものは何でしょうか?まずミジンコを思い出す方が多いのではないでしょうか。ミジンコは典型的なプランクトンとして、小学校や中学校の理科の教科書や各種生きものの図鑑では必ず紹介され、知名度が高いプランクトンです。ミュージシャンの坂田明氏がミジンコ類の研究者として有名であることは周知のことと思います。

 このミジンコ類、教科書では近くの池や水溜まりなどに生息する生きものと紹介されており、それらの水を持ち帰って顕微鏡で観察したことと思います。もちろん、ミジンコ類の多くは池や湖沼など淡水域の止水中(流れのない水中)に生息していますが、一部の種類は海水域にも生息しています。今回はそんな海に棲むミジンコ類を紹介します。

 ミジンコ類はエビ・カニ類と同じ節足動物の甲殻綱枝角目(昨今の分類学の進歩により分類体系が異なることがあります)に属する動物プランクトンになります。生息域は大きな湖から小さな水たまりまで、あるいは高層湿原のような場所から富栄養な水たまりまで淡水域ではいたるところに分布し、種類も淡水域では数百種類、また量的にも非常に多いことで知られています。海洋では季節によって量的に多くなるものの、種類は世界において8種類しか報告されていません。以下に示す写真は、北海道周辺の沿岸でもよく見かけるミジンコ類の6種となります。エボシミジンコと呼ばれる仲間は、殻の後部形状が尖っているか、丸くなっているか、棘があるか(個体によって若干、形状の差異があります)によって種が分類されます。

 

  

Evadne(エボシミジンコ)属

左:Evadne nordmanni(ノルドマンエボシミジンコ)、中:Evadne spinifera(トゲエボシミジンコ)、右:Evadne tergestina(トゲナシエボシミジンコ)

 

 

Podon(ウミオオメミジンコ)属

左:Podon leuckarti(オオウミオオメミジンコ)、右:Podon polyphemoides(コウミオオメミジンコ)

 

Penilia(ウスカワミジンコ)属 Penilia avirostris(ウスカワミジンコ)

※写真は全て紋別市提供(エコニクス撮影)

 

 海に生息するミジンコ類のほとんどが0.5~1.0mm程度の大きさですが、淡水に生息するものでは10mmを超えるものもいます。雄よりも雌のほうがやや大きい傾向があります。餌は水中の微粒子(デトリタス)を(えら)によって集めて食べるものがほとんどですが、オオメミジンコの仲間はより小さい動物を捕獲して食べる行動をとります。体は丈夫な殻で覆われ、頭部に途中で二股に分かれた太い触角(第2触角)と大きな眼(複眼)を1つ持っています。この太い触角を動かして、ミジンコ類はぴょんぴょんと跳ねるように泳ぎ回ります。体の後部は育房と呼ばれる袋になっており、この中に卵を産んで孵化した子どもを育てます。

 

ミジンコ類の形態概略図(左:トゲエボシミジンコ、右:オオウミオオメミジンコ)

(岡田ら(1965)を参考に作成)

 

 ミジンコ類は興味深い繁殖生態を持っていることが知られています。水温が高く環境が良い時にはミジンコ類は雌ばかりを生みます。雌個体だけで産卵し(卵は減数分裂を経ずに形成されます)、そこから孵化した子どもは全て雌になります。雌が雌を生み、どんどん増殖(単為生殖)します。ミジンコ類が大発生しているときはそのほとんどが雌になっています。しかしながら、環境条件が悪化したり、増え過ぎて生息密度が高くなったりすると、減数分裂によって卵が作られ、同時に単為生殖で増殖したものから雄が生まれます。やがて雄は雌と交接し、受精卵を形成(有性生殖)します。この有性生殖で生まれた卵は内側が肥厚した殻に包まれており、水中に放出さると水底に沈み、そのまま環境が良くなるまで卵のままで過ごします。そして、環境条件が整うとこの卵は孵化し始めます。この卵のことを「休眠卵」、もしくは「耐久卵」と言います。淡水性のミジンコ類の仲間では30年以上前の地層から出現した休眠卵を用いて孵化試験を行ってみたところ、見事に孵化したとの報告例もあります。

 雌の親個体が育房内に発生中の幼体を持つところの写真は残念ながら撮影できていません。ただ、“ねこのしっぽラボ”HP(アドレスは巻末を参照)に育房に幼体を持つ個体の写真が掲載されています。ぜひ、一度ご覧になってください。まるで小さな子どもたちが育房内で「おしくらまんじゅう」をしているようです。同様な個体の写真が撮影することが出来ましたら、またの機会で紹介いたします。

 海に生息するミジンコ類は皆さんがミジンコといって想像された生きものとは少し形が異なったかもしれませんが、こんな愛くるしい姿のミジンコを顕微鏡で観察しながら、その姿やその動きに心癒されてみてはいかがでしょうか。

 

【参考文献】

岡田要・内田清之助・内田亨 監修(1965)新日本動物図鑑〈中〉.北隆館.

日本プランクトン学会 監修(2011)見ながら学習 調べてなっとく ずかん プランクトン. 技術評論社.

遠部 卓(1974)海産枝角類の生態に関する研究.J. Fac. Fish. Anim. Husb., Hiroshima Univ., 13, 83-179.

遠部 卓(1978)海産枝角類の生活史.日本プランクトン学会報, 25(1), 41-54.

“ねこのしっぽラボ”HP 甲殻類の画像集 枝角亜目(ミジンコ) ウミオオメミジンコ科(Podonidae)【http://plankton.image.coocan.jp/Crustacea1.html】

 

※本稿で使用しましたミジンコ類の写真は紋別市より掲載の許可を頂きました。この場をお借りしまして御礼申し上げます。

 

注)

単為生殖:有性生殖する生物で雌が単独で子を作ること。

減数分裂:真核生物の細胞分裂の様式の一つであり、動物では配偶子を形成する際に行われ、染色体数が分裂前の細胞の半分になる細胞分裂の様式。

有性生殖:2つの個体間あるいは細胞間で全遺伝子のDNA交換を行うことにより、その両親とは異なる遺伝子型個体を生産すること。

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